2015年12月15日

子供たちが我が家

んな活気にあふれた町も、時の流れですっかりさびれてしまった。
 住んでいた家の近くに公園があった。
 公園と言っても、滑り台とブランコがあるだけの庭のようなものだ公司註冊
 
 都会から嫁いできた私は友達もなく、知り合いもなく、ポツンとこの公園のブランコに乗って時を費やしていた。
 学校帰りの子供たちがやってくる。
 一緒に遊んでいるうちに宿題をみてあげるようになった。
公園で宿題をするのも落ち着かないので我が家でおやつを食べながらすることになった。
 共稼ぎの家庭が多いので、子供たちが我が家に集まってくるようになった。

 そんなきっかけで、寺子屋のような塾が始まった許智政
 月謝などなく、親が畑で収穫したお米や、野菜を持ってきてくれ、
 近くの海でゴマサバが釣れたからと持ってきてくれたりした。

 みんな元気いっぱいの子供たちであふれかえった。
 いろいろな家庭事情の子がいて、父親が刑務所に入っている子や、両親がいない子もいた。
 不倫の果てに母親が堤防で灯油をかぶって焼身自殺した子供もいた。
 なかなか家に帰りたがらない女子中学生は
許智政
 「親が離婚するからどちらにつくか決めなさい」
 と言われ、どちらについたら良いかわからないと、泣きじゃくってしがみついてきたこともあった。

  


Posted by svk at 13:21Comments(0)散文欣赏