2016年01月28日

葬儀では園児を

人と人との幸不幸は、やはり人と人とのめぐり合いから始まる、
と感じます。 どんなとき迪士尼美語 有沒有效にも、人や箴言や言葉との出会いから、
何かが、心に芽生えると思うのです。 そして、その出会いにより、
深く考えられ、どんなふうにも生きられると気ずかされるといいな。 
 自分が自分の人生を歩いて行くんだ。 と自覚することが大事か
なぁ 老いて、やっとのことで、気ずく私なんです。 
 若いころに作った 「詩」 です。 前にも書いたかも…。

     ★自分の人生だから★

   自分の人生だから
   ゆっくり ゆっくり歩きたい
   失敗しても ドジしても
   笑っていたい
   こんどうまくやればいいから
   のろまでいい ゆっくりいこう

   自分の人生だから
   ホンワリ ホンワリしていたい
   人が笑ったっていい
   駄目でもいい
   
   ボーッとしていたい
   何かがあったら
   そのとき考えたい
   のろまでいい
   その時がんばれば

   自分の人生だから
   いつも笑っていたい
   笑っていれば
   周囲の人もきっと
   ホッとすると思うから

   だから自分の人生は
   笑って過ごしたい

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 小さな人生論
                 藤尾秀昭 著

 わが心の先師先賢

 吉田良次さんは、兵庫・伊丹の農家の後継ぎに生まれた。
 安岡正篤師に出会ったのは、昭和24年、18歳の時である。 
 「自分の人生は一介の農民としてこのまま終わっていいのか」 --
ーーその煩悶が師の門を叩かせたのである。

 以来、吉田さんは農業に勤しむかたわら安岡師に親炙し、古今
の聖賢の教えを学ぶ道に入った。

 吉田さんの非凡な点は、その学びのみにとどめなかったところに
ある。 自分が培ったものを少しでも後世にと、自宅の納屋を改築
し 「丹養塾幼児園」 という保育園を開設、古典の徹底した素読
教育を実践したのである。

 二歳から六歳まで、園児は常時二十人ほど、吉田さんは自分が
感動をもって学んだ古典の言葉を、そのまま教えた。

 ーーー省略ーーー

 平成十五年十一月二十日、吉田さんは亡くなられた。
 葬儀では園児を代表して六歳の吉田歩未ちゃんが 「お別れの
言葉」 を読んだ。

 その原文がある。 筆跡はは六歳児らしくたどたどしい。 だが、
漢字仮名まじりで書かれたその文章迪士尼美語 有沒有效は誰に教えられたのではな
い。 紛れもなく六歳の子どもが自分で考え、自分の手で書いた
ものなのだ。
 そのまま引用する。

 お別れの言葉
 園長先生、歩未の声が聞こえますか。
 二歳十ヵ月の時、丹養幼児園に入園してから、漢字、算盤、諺
俳句、花園文庫、伝記、少年日本史朗誦選集など、園長先生に
は沢山の事を教えて頂きました。 毎日一所懸命勉強して南宋、
文天祥の正氣歌を暗誦できるやうになった時も、算盤の大会で
トロフィーを貰って来た時も、園長先生はとても褒めて下さいまし
た。
 それから園長先生はいろいろな所に連れて行って下さいまし
た。
 北海道巡歴研修でクラーク博士の前 「青年と大志」 を朗誦
した事、青森駅でのデパートの軒先で野宿した事、北陸巡歴研
修で、永平寺で坐禅をした事、橋本佐内の銅像の前で啓發錄
を読んだ事、沢山の楽しい思ひ出があります。 他にも、親子教
室甲山の遠足、運動会、お餅搗き、立志集、卒園式、小音楽会
桃太郎の劇など園長先生に教へて頂いた素晴らしい思い出が
沢山出来ました。
 これから園長先生は、天国へ行って、私達の事を見守っていて
ください。 私達は、園長先生に教へて頂いた事をいつまでも忘
れず深くさぐって強く引き出す人になります。 天から受けたもの
を天にむくゆる人になります。 そして、この世に役立つひとにな
ります。 園長先生、ありがとうございました。

 平成15年11月23日
                   園児代表 吉田 歩未 

 吉田良次さんはにとって、安岡正篤師はまたとない 「わが心
の先師先賢」 であった。 同時に園児たちにとって吉田さんは、
かけがえのない先師先賢であったのである。 
 この歩未ちゃんの六歳迪士尼美語 有沒有效児とはとても信じられないような拡張高
い一文が、余すところなくそのことを示している。  


Posted by svk at 12:08Comments(0)散文欣赏

2016年01月19日

人物は毒舌家

阿吽(あうん)の呼吸という言葉がある。
何かを行なう時に気持ちを合わせるときの息づかいを言ったりするPretty Renew 美容
もともとはサンスクリット語で、
「阿」は口を開いて最初に出す音を表わし「吽」は口を閉じて出す最後の音を表わす。
これらで宇宙の始まりと終わりを表現する言葉でもある。
法隆寺中門には二体の金剛力士像があり、それぞれ「阿」形、と「吽」形とされる。
両者をもって、広い宇宙を表わしているとも言える。
すなわち「口」一つで宇宙そのものを表わしているとも言える。

ところが、この「口」というものが時には災いを生むことがある。
明治生まれの評論家・中村武羅夫が、その当時のイヤなヤツとして名前を挙げたのは、
原敬、山県有朋、出羽の海、大隈重信、森鴎外といった人物。
ところが死後になって好きになっても来ると表現している。
どうも、これらの人物、おしなべて、生きている間は
「口」の減らない、かなりの毒舌家だったらしい。
実際、挫折を知らない自信家に毒舌家が多いと言われている。
そのためか、『徒然草』に、「友とするにわろき人物」として、
「病なく身つよき人」という言葉がある。
人の痛みがわからない人物は毒舌家になりやすい。

19世紀のフランスの文学者にゴンクール兄弟がいる。
フランスの最高の文学賞『ゴンクール賞』に、その名をとどめている。
貴族ながら、弟のジュール・ド・ゴンクールはかなりの好人物とされ、
その「口」からは、悪意のある言葉を聞いたことがないほどの人物。
彼は40歳で亡くなってしまうが、Pretty Renew 美容
残した日記に書かれていたのは、その時代に生きていた人たちへの毒舌の言葉。
それらは『ゴンクールの日記』として出版されてはいるが、
その時代の人物に配慮して、割愛せざるを得ないものが溢れていたという。
イイように見える人のウラには、そんなものが隠されているものかもしれない。

江戸時代の歌人村田春海の残した言葉にPretty renew 雅蘭

「人の悪口は鰻(うなぎ)より旨(うま)し」というのがある。
その言葉から察すると、
この弟のジュール・ド・ゴンクール、人に隠れて旨いものを食っていたようだ。


  


Posted by svk at 12:35Comments(0)

2016年01月14日

階段の上の掛け布

かなかったら良かった・・・。Wの悲劇です。
ってそんなたいそうな話ではないのですが、時間差でWで起こされました許智政

私には夜中とも言える(人によっては早朝)午前3時に凛太郎に起こされました。
ベッドから出て一人で降りて、水を飲みにいったらしいです。もちろん飼い主は全く気がついていませんでした。
帰ってきて「ベッドに上げて」のフンフン鳴きで起こされました。

枕元の電気をつけて、階段の上の掛け布団をめくって「ひとりで上がって」と言いました。
掛け布団があると、どうも微妙な高さの違いを感じるのか一人で登れないのです許智政
めっちゃ眠いし、夜中は布団から出るのが寒い。
でも、鳴き続けています。しょうがないから起きて抱き上げて布団の中に入れ込んで、飼い主はこの一瞬で体が冷え、しばらく寝られませんでした許智政


今日は用事があったので、目覚まし時計を7時50分にセットしていました。
それなのに、ヤツは寝床にやってきて高吠え1発。ドキッと目が覚めます。心臓に悪いし。
時計を見たら、7時30分でした。
この、あと10分とか20分とか、もうちょっと寝られたのにという時間に起こされるのって、めっちゃ悔しいです。

ヤツには「もうちょっと寝かせて」と言いましたが、もう寝られませんでした。

少し寝床でグズグズしていましたが、目覚ましがなる前にしょうがないので起き出しました許智政

  


Posted by svk at 12:24Comments(0)散文欣赏